今日は何の日(4月1日)
出典: Web版尼崎地域史事典『apedia』
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- 阪神電鉄が阪神国道電軌を買収した。(1928年)
- 大阪合同紡績神崎工場と大日本紡績尼崎工場が、改正工場法の法定期限を3か月繰り上げて深夜業廃止を実施した。(1929年)
- 市立尼崎中学校が県に移管され兵庫県立尼崎中学校となった。(1930年)
- 武川ゴム争議がストに突入し、争議団は寺院などに籠城した。(1931年)
- 今津町・芝村・大社村が西宮市に合併した。(1933年)
- 青年学校令の公布・施行により青年訓練所と実業補習学校が統合され、青年学校が主として小学校併設の形で設置された。(1935年)
- 尼崎市と小田村が解消合併し、新たな地方行政組織として尼崎市が設置された。(1936年)
- 県立尼崎工業学校が長洲尋常小学校内に設置された。(1938年)
- 日本発送電が設立され、日本電力・関西共同火力発電・阪神電鉄の火力発電所が現物出資されて国家の管理下に置かれた(電力産業)。(1939年)
- 兵庫県経済部長からの米穀割当配給制通牒により、米の配給制度が尼崎市でも開始された。(1941年)
- 関西配電が阪神電鉄・日本発送電などの出資により設立された。(1942年)
- 水堂国民学校が立花国民学校から分離して水堂に設置された(現市立水堂小学校)。(1943年)
- 私立中外商業学校が工業学校に改編された(1946年4月1日商業学校に再改編)。(1944年)
- 尼崎瓦斯・神戸瓦斯など6ガス会社が大阪瓦斯に吸収合併された。(1945年)
- 杭瀬地区戦災地復興期成同盟が杭瀬市場を復興し55店舗を開店した。(1946年)
- 学制改革による新制中学校として、市立城内中学校・竹谷中学校(1949年昭和中学校と改称)・小田中学校(1949年小田南中学校と改称)・大庄中学校(1949年大庄東中学校と改称、2006年大庄西中学校と統合され大庄中学校に復称)・立花中学校・武庫中学校・園田中学校が設置された。(1947年)
- 学制改革により市立尼崎高等女学校が市立尼崎高等学校、市立第二高等女学校(夜間)が市立城内高等学校(定時制)、市立商業学校が市立商業高等学校、県立尼崎中学校が県立尼崎高等学校、県立尼崎工業学校が県立尼崎工業高等学校、県立第二尼崎工業学校(夜間)が県立神崎工業高等学校(定時制)、私立住友工業学校が私立住友工業高等学校、私立中外商業学校が私立中外商業高等学校となった。さらに市立第二商業高等学校(定時制、7月に市立琴城商業高等学校と改称)が市立商業高等学校に併設された。(1948年)
- 市立小田北中学校が市立小田中学校から分離して設置された。これにともない市立小田中学校が市立小田南中学校と改称した。(1949年)
- 尼崎市は1946年に兵庫県有馬郡道場村(現神戸市北区道場町塩田)に設置した尼崎市戦災孤児等集団合宿教育所に児童福祉法を適用し、養護施設「尼崎市尼崎学園」と改称、乳児を除き保護者のない児童などを保護・育成する施設とした。(1950年)
- 市立御園小学校が市立竹谷小学校から分離して設置された。(1951年)