伊居太古墳
いこたこふん
出典: Web版尼崎地域史事典『apedia』
下坂部4丁目。伊居太神社境内全域を故地とする市域最大規模の古墳であるが、完全に墳形を失っている。推定規模は、全長約92m、後円部径約53m、前方部幅約46m、周濠幅約20m。南面する5世紀末の前方後円墳である。1950年代には周濠の一部が遺存していた。周辺は弥生時代から古墳時代の遺物散布地域であり、封土内にも弥生時代以来の土器片がみられた。前方部から西南方に離れた田の中に白馬塚・サムライ塚と称した小円墳が遺存していたが、宅地化によって失われた。塚の故地および周辺からは円筒埴輪〔はにわ〕片その他が若干採集されている。
塚口古墳群(猪名野古墳群)に属する古墳である。
『図説尼崎の歴史』古代編第1節2「古墳の築造と展開」において、筆者田中晋作氏は猪名野古墳群の築造順序を「池田山古墳に続く伊居太古墳→御願塚古墳(伊丹市)→御園古墳→南清水古墳→園田大塚山古墳」としており、伊居太古墳の築造年代を5世紀末よりも早い時期としている。