戦国時代初期の明応年間(1492~1501)ころには、尼崎町内の屋敷持ちの町衆によって尼崎惣町の自治的運営がされていた。この自治的運営に携わった人々を地下人と呼んだ。1494年(明応3)、室町幕府はこの地下人に対して兵庫津南北関の関料を逃れる回船を取り締まるための海上警固を命じている。このことは、彼らが座商人に比べ大社寺の支配から独立した自由商人に近い存在であったことをうかがわせる。
執筆者: 田中勇
カテゴリ: 事項(中世)