1907年
(明治40年より転送)
出典: Web版尼崎地域史事典『apedia』
世紀: | 19世紀 - 20世紀 - 21世紀 |
年表 10年紀: | 1880年代 1890年代 1900年代 1910年代 1920年代 |
周辺の年: | 1904年 1905年 1906年 1907年 1908年 1909年 1910年 |
明治40年
- 1月1日 - 西新田の旧戸長役場に設置されていた大庄村役場が、大庄尋常高等小学校(現市立大庄小学校)西側(東新田)に新築移転した。
- 1月25日 - 東亜セメントが初島で創業した。
- 4月1日 - 3月31日付で廃止された尼崎町立裁縫学校及び尼崎町立実業補習学校に替わって、尼崎町立尼崎女子技芸学校(尼崎第二尋常小学校付設)及び尼崎町立補習夜学校(尼崎第一尋常小学校付設)が設置された。
- 4月9日 - 大洲村での東亜セメント・大阪セメントの工場建設にさいして予定地周辺の地主・小作人がセメント製造の不許可とするよう兵庫県知事に出願した。
- 4月15日 - 小田村長に今西吉左衛門が就任した。
- 6月1日 - 阪鶴鉄道の関係者らが前年に認可申請した箕面有馬電気鉄道が、箕面有馬電気軌道と名称変更した。
- 7月27日 - 旱ばつにさいして、大井8か村が猪名川・藻川の分岐点に設けた堰をめぐり、撤去を求める三ツ俣井7か村と大井側との農民多数が対峙する紛争が起こった。
- 8月1日 - 阪鶴鉄道が国有化された。
- 8月1日 - 兵庫県が罰則をともなう共同苗代設置規則を公布した。
- 9月8日 - 旭硝子が創設され、本社が中在家町に置かれた。
- 10月13日 - 大日本産業組合中央会兵庫支部が設立された。
- 10月31日 - 大庄村長に織部善吉が就任した。
- この年 - 武庫村役場が、常吉地内の武庫尋常高等小学校(現武庫小学校)内旧戸長役場から、東武庫地内(現武庫支所の位置)に新築移転した。