時宗
じしゅう
出典: Web版尼崎地域史事典『apedia』
鎌倉中期に一遍が開いた浄土教の一派。1287年(弘安10)、一遍上人が尼崎にきて布教したため、他力念仏の信仰が尼崎住民のなかにもひろまり、「時衆」(時宗教団)が形成された。一遍上人のあとを継いだ二世他阿上人真教の「法語」には、尼崎の時宗信者の指導者と思われる「尼崎時阿弥」「諸阿弥」との書状のやりとりが記され、信仰上の悩みに答えている。同教団は、南北朝・室町時代にはいると一層の発展をとげ、長洲御厨内の番頭にも信徒と思われる「阿弥」号をもつ3人の人物がいる(大覚寺文書/『尼崎市史』第4巻)。この3人のように町衆内にも広く教線が広がり、江戸時代の寺町には、永禄年間(1558~1570)覚阿上人の開基と伝えられる善通寺をはじめ、海岸寺・宝光寺・正福寺などの時宗寺院があった。