中世、港や津の関所で船舶から徴収した税。船舶から一定の税を徴収して港湾の修築費に充てる方式は古くからあり、鎌倉初期に重源が大輪田泊・河尻一洲・魚住泊(現明石市)などを修築したさいも、その方式を採用している。しかし、鎌倉中期以降、関所をもうけてその津料を権門寺社の造営費などに充当するようになると、大阪湾沿岸にも、津料の獲得を目的とした関所が濫設されるにいたった。津料の内訳は、船や積載量、商船や年貢船などによって区別され多様な種類があった。そのうち、兵庫・一洲・渡辺の関所で商船に課した津料は、「三カ津目銭」とよばれて有名であった。
執筆者: 田中文英
参考文献