阪神電鉄
はんしんでんてつ
出典: Web版尼崎地域史事典『apedia』
1896年(明治29)7月に成立した摂津電気鉄道が神戸-大阪間の軌道の許可を得て、1899年7月阪神電気鉄道と改称して発足した。阪神間の官設鉄道との競争線であることから種々の困難な問題があったが、軌道条例による狭軌を私設鉄道条例による1.435mの広軌に改め、阪神間を約1時間半で走る広軌高速電車として、1905年4月全線開通を実現した。車輛は当時最新式の大型ボギー車がアメリカから輸入された。創立以後の同社は、阪神間の工業地帯および近郊住宅地の形成にともなって発展し、自らも甲子園をはじめとする沿線の宅地やスポーツ・レクリエーション施設などの開発を進めた。また、官設鉄道が旧尼崎市街をはなれたところを通っていたのにたいして、同電鉄では市域に杭瀬駅・大物駅・尼崎駅・出屋敷駅・蓬川〔よもがわ〕駅・武庫川駅の6駅を設置し、市街地を貫通していたので、その後の尼崎の発展にははかり知れない効果をもたらした。なお、同社の本社所在地は、1904年から1985年6月まで尼崎であった。
1952年(昭和27)9月14日に臨時駅の尼崎センタープール前駅が新設され、1963年12月1日に常設化された。
参考文献
- 『輸送奉仕の五十年』 1955 阪神電気鉄道
- 『阪神電気鉄道八十年史』 1985