雲雀丘古墳群
ひばりがおかこふん
出典: Web版尼崎地域史事典『apedia』
宝塚市雲雀丘山手1・2丁目、雲雀丘1・2丁目付近にあり、長尾山系の南傾斜面に展開する後期古墳群のうち最も東に位置する古墳群。6世紀中ごろ以降の築造。4支群に分けられるが、A群5基は開発で消滅、B群4基以上も消滅した。いずれも通常の横穴式石室墳であった。C南群は8基のうち3基が1954年(昭和29)に調査されたが、宅地造成で消滅した。C北群5基のうち、雲雀丘山手1丁目の1号墳は宝塚市指定史跡精常園〔せいじょうえん〕古墳として保存され、2丁目の2号墳は埋没し、3・4号墳は石室が露出している。5号墳は詳細不明。このうちC北4号墳は径15m、高さ3mの円墳で、南々西に開口する右片袖〔かたそで〕式の横穴式石室。現存の長さ3.8m、玄室〔げんしつ〕の長さ3.3m、奥壁幅2.5mで方形に近い平面で、高さ1.8m、床に排水溝がある。羨道〔せんどう〕の玄門〔げんもん〕幅1.1m、羨道の残存部は不明。石室形態から群中でもっとも早く6世紀前半に築造されたと判明した。
参考文献
- 関西学院大学考古学研究会「長尾山の古墳群(2)-雲雀丘古墳群-」『関西学院考古』 5 1979