青山氏(幸成系)の分家。旗本。父青山幸成の遺言が認められ、1643年(寛永20)三男幸正は尼崎藩領菟原〔うはら〕・武庫・川辺郡のうちから2,000石を分知された。市域では浜・下坂部の一部が知行所となった。1769年(明和6)菟原郡の2村が上知され、替え地を島上郡富田〔とんだ〕(現高槻市)の一部に与えられた。1843年(天保14)川辺ほか2郡の6か村が上知されたが、数か月後に撤回され、明治に至った。
執筆者: 山下幸子
カテゴリ: 領主・支配(近世)