青山氏(幸通系)

あおやまし(ゆきみちけい)
出典: Web版尼崎地域史事典『apedia』

  青山氏(幸成系)の分家。旗本。父青山幸成の遺言が認められ、1643年(寛永20)二男幸通尼崎藩領川辺・武庫・八部郡のうちから3,000石を分知された。市域では次屋潮江水堂の一部が知行所となり、次屋に郷役所をおいた。1676年(延宝4)秘成〔やすなり〕が跡を継ぐとき、500石を弟亀之丞某に分知、市域では潮江の一部が亀之丞の知行所となったが、翌年亀之丞が死亡し公収された。1738年(元文3)幸覃〔よしひろ〕のとき、代官の苛政に抗議して、知行所村々で農民が逃散する事件がおきた。1843年(天保14)川辺ほか2郡の、市域4か村を含む8か村全部が上知されたが、数か月後に撤回され、明治に至った。

執筆者: 山下幸子

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