1948年
出典: Web版尼崎地域史事典『apedia』
世紀: | 19世紀 - 20世紀 - 21世紀 |
年表 10年紀: | 1920年代 1930年代 1940年代 1950年代 1960年代 |
周辺の年: | 1945年 1946年 1947年 1948年 1949年 1950年 1951年 |
昭和23年
- 2月11日 - 園田村農業会は農業協同組合法制定にともなう同会解散準備総会を開いた。
- 2月16日 - 市営葬儀事業が開始された。
- 2月18日 - 浜字山ノ下(現常光寺1丁目)の市立尼崎病院内に内科・小児科を取り扱う市立小田診療所が開設された。
- 3月7日 - 新警察法・消防法施行により尼崎市に警察署と消防本部・消防署・消防団本部が設置された(自治体警察、消防署)。
- 3月8日 - 市営バスが最初の路線である高洲-鶴町間の運行を開始した。
- 4月1日 - 学制改革により市立尼崎高等女学校が市立尼崎高等学校、市立第二高等女学校(夜間)が市立城内高等学校(定時制)、市立商業学校が市立商業高等学校、県立尼崎中学校が県立尼崎高等学校、県立尼崎工業学校が県立尼崎工業高等学校、県立第二尼崎工業学校(夜間)が県立神崎工業高等学校(定時制)、私立住友工業学校が私立住友工業高等学校、私立中外商業学校が私立中外商業高等学校となった。さらに市立第二商業高等学校(定時制、7月に市立琴城商業高等学校と改称)が市立商業高等学校に併設された。
- 4月4日 - 小田支所別館を利用して、住民主体の社会教育施設として通称「小田公民館」が開設された。
- 4月25日 - 民主自由党尼崎支部が結成された。
- 4月25日 - 神戸朝鮮人学校事件で占領軍兵庫軍政部が非常事態を宣言した(阪神朝鮮人学校事件)。
- 5月
- 6月8日 - 尼崎工業会が尼崎工業経営者協会と改称した。
- 6月18日 - 若王寺の旧陸軍衛生材料廠跡に逓信省電気試験所大阪出張所が開所した。
- 6月23日 - 尼崎築港が行なってきた公有水面埋立工事の設計変更願および工事竣工認可申請が認められた。これにより同社の尼崎公有水面埋立工事は完了し、扇町・末広町・鶴町が誕生した。
- 7月1日
- 7月7日 - 市警察署にかわって市警察本部が発足し、同時に東・西・北の3警察署が設置された。
- 7月10日 - 県立尼崎保健所が市に移管され、尼崎市保健所となった。
- 7月29日 - 園田競馬場が新競馬法施行にともない馬匹組合連合会から兵庫県に移管された。
- 8月1日 - 若王寺の逓信省電気試験所大阪出張所が機構改革により商工省工業技術院電気試験所大阪支所と改称した。
- 8月2日 - 常吉の武庫小学校内に内科・小児科を取り扱う市立武庫診療所が開設された。
- 9月1日
- 尼崎市は市税条例を公布した。
- 空襲により校舎が焼失し閉鎖されていた浜小学校の新校舎が完成し、市立浜小学校として再開校した。
- 9月11日 - 金楽寺貝塚遺跡の第1次発掘調査が始まった。
- 9月20日 - 王子製紙神崎工場が財閥解体により分離独立して神崎製紙となった。
- 9月26日 - 尼崎文化協会の短歌部「尼崎歌人連盟」が結成された(1953年尼崎歌人クラブと改称)。
- 12月4日 - 市警察本部が市警察局に改組した。
- 12月24日 - 市営最初の園田競馬がこの日から6日間開催された。