執筆者:竹下喜久男
出典: Web版尼崎地域史事典『apedia』
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- 一桜井亀文
1742年(寛保2)5月26日-1805年(文化2)12月10日 尼崎藩主松平忠告の俳号 ...
2006-05-01 10:29:29更新 - 斎静斎
1729年(享保14)-1778年(安永7)正月8日 通称五右衛門、名は必簡、字は大礼。 ...
2006-05-01 10:30:23更新 - 伊藤北窓
1801年(享和元)7月8日-1834年(天保5)7月8日 伊藤蘭斎の子。諱は重熈、字は ...
2006-05-01 10:30:41更新 - 伊藤蘭斎
1762年(宝暦12)-1833年(天保4)10月14日 諱は重通、字は武次郎、通称左並 ...
2006-05-01 10:30:46更新 - 鵜飼石斎
1615年(元和元)-1664年(寛文4)7月21日 名は信之、宇は子直、号は心耕子・石 ...
2006-05-01 10:35:50更新 - 江村剛斎
1610年(慶長15)-1661年(寛文元)7月17日 名は宗珉、全庵と号した。藤原惺窩 ...
2006-05-01 10:50:49更新 - 郷校
近世後半期には藩は武士層の教育だけでなく庶民の教化にも意を注いだが、同時に民間の有志が資金 ...
2006-05-06 10:23:14更新 - 阪本杏隠
1675年(延宝3)-1756年(宝暦6)7月4日 名は年寿、東野とも号した。はじめ富島 ...
2006-05-06 10:27:06更新 - 阪本幸庵
1710年(宝永7)正月18日-1781年(天明元)5月5日 名は宣胤、播磨国宍粟郡上寺 ...
2006-05-06 10:27:12更新 - 阪本順庵
1703年(元禄16)-1744年(延享元)12月14日 名は世直。阪本杏隠の兄富島安斎 ...
2006-05-06 10:27:17更新 - 阪本宣義
1779年(安永8)5月6日-1840年(天保11)正月4日 初め金吾、のち仲善と称し、 ...
2006-05-06 10:27:23更新 - 阪本宣業
1747年(延享4)5月12日-1825年(文政8)10月2日 幼名は陶蔵、名は公修・純 ...
2006-05-06 10:27:28更新 - 正業館
尼崎藩は1819年(文政2)鉄砲洲の江戸屋敷に邸内学校として止善舎を設け、服部小山らが江戸 ...
2024-03-15 09:31:21更新 - 中谷雲漢
1802年(享和2)-1875年(明治8)9月30日 名は輝、字は南明、号は龍寿軒。雲漢 ...
2010-09-02 15:50:52更新 - 服部小山
1768年(明和5)-1832年(天保3) 名は元雅、字は量卿、小右衛門と称した。萩生徂 ...
2006-05-06 14:22:19更新 - 藩学
尼崎藩主の儒学への関心はすでに早く戸田氏鉄と藤原惺窩の関係にうかがわれるが、その後しばらく ...
2006-05-06 14:23:08更新 - 藤沢東畡
1794年(寛政6)-1864年(元治元)12月16日 名は甫、字は元発。昌蔵と称し、号 ...
2006-05-06 14:30:58更新